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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)551号 判決

原告

滝本幸平

被告

天台交通株式会社

ほか一名

主文

被告両名は原告に対し連帯して金三、六五二、八九〇円及びこれに対する昭和四三年四月二九日から完済迄年五分の金員の支払いをせよ。

「後遺症が悪化した時はその損害も支払え」との請求は不適法として却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告両名の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、第一、第四項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告両名は各自原告に対し、金三六、七二四、八六八円及びこれに対する昭和四三年四月二九日から完済迄年五分の金員の支払いをせよ。

後遺症が悪化した時はその損害も支払え。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  交通事故の発生

原告は昭和四三年四月二八日午後一時五分頃、横浜市中区日の出町二丁目一四五番地先道路を営業用乗用自動車(横浜五か四九一六以下原告車と云う。)で進行中、横断歩道に歩行者を認め、その手前で一時停止したが、その際被告金時孝二の運転する営業用乗用自動車(横浜五か四四〇一以下被告車と云う。)に追突され、頸部捻挫の外傷を受けた。

(二)  責任

1 被告金時は自動車運転者として、前方を注視し、且つ安全な車間距離を保つべき注意義務があるのに、これをいずれも怠り、安全な車間距離を保たず、わき見をしながら被告車を運転した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条にもとづき本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告天台交通株式会社は旅客自動車運送事業を営む会社であり、被告車をその営業の用に供しているものであるから、自動車損害賠償法(以下自賠法という。)第三条にもとづき、本件人身事故により生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

原告は本件事故により前記の傷害を受け、実に一年六ケ月もの長期に亘り、治療に専念したが、全治しないまま、症状固定という理由で昭和四四年一〇月三一日治療を打ち切られたが、なお頭痛、頸部痛、眼精疲労、両上肢脱力感等の後遺症がのこり就労することができない。

1 直接損害―通院に要した交通費 金五、二〇〇円

原告は本件事故後昭和四四年三月から同年一〇月迄の間に東京労災病院に合計二〇回通院した。右通院には一回往復二六〇円を要するから、結局合計五、二〇〇円の交通費を支出したことになり、これも本件事故による損害である。

2 逸失利益

原告は本件事故当時、訴外大栄自動車交通株式会社にタクシー運転手として勤務し、一ケ月平均六六、五七〇円の賃金と年二回各一ケ月分の賃金とほぼ同額の賞与を得ていた。

(ⅰ) 休業損害

イ 原告の休業中、昭和四四年三月から同年一〇月迄の間、労働者災害補償保険(以下労災保険と云う。)による休業補償給付金が支給されたが、これは右平均月収の六〇%であつたため、その間毎月平均月収の四〇%が原告の損害として生じた。

これを計算すれば、

66,570(円)×40/100×8(ケ月)=213,024(円)となる。

ロ 本件事故後の昭和四三年五月から同四四年一〇月迄の一八ケ月間、本件事故のため休業するようなことがなければ合計三回支給されていた筈の賞与が全く支給されなかつた。これも本件事故による原告の損害であり、これを計算すれば

66,570(円)×3=199,710(円)となる。

ハ 原告の得べかりし賃金は毎年度に比し一五%の上昇が確実に見込まれるところ、本件事故による休業のため昭和四四年度は右上昇がなく、その分の損害を受けた。これは金一四一、一八五円となる。

(ⅱ) 労働能力喪失率に応じた得べかりし利益の損害

原告は本件事故当時四三才(大正一四年七月四日生)であつたから、なお六五才迄二二年間タクシー運転手として就労可能であつた。

またその賃金は毎年前年度に比し一五%の上昇が確実に見込まれるから、原告が右の二二年間に得べかりし給与収入は別表のとおりである。

原告は前記の後遺症により就労することができないのであるから、現実には労働能力は一〇〇%喪失したと云うべきであるが、本件訴訟では一応労働能力喪失率を五〇%として計算する。

イ 原告が昭和四四年一一月及び一二月に得べかりし賃金収入は各金六七、二三一円であるところ、この間の逸失利益を計算すると 67,231(円)×50/100×2(ケ月)=67,231(円)

となる。

ロ 原告は昭和四五年度から同六四年度迄の二〇年間に得べかりし給与総収入は合計金一二七、五〇二、〇七三円であるから、この間の逸失利益を計算すると

127,502,073(円)×50/100=63,751,036(円)となる。

これから二〇年間の、年五分の割合による中間利息を控除して、右逸失利益の現価を計算すると

63,751,036(円)×0.500=31,875,518(円)となる。

3 慰藉料

原告にとつて健康は資本であり財産であり幸福である。ところが、被告金時の一方的過失に基因する本件事故により、原告は永久に続く苦痛に悩まされなければならないのであり、この肉体的精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇〇万円が相当である。

4 そこで、本件事故による原告の損害は合計金三七、五〇一、八六八円となるところ、原告は労災保険による障害補償一時金として金七七七、〇〇〇円を受領したので、これを右合計損害額から控除すると金三六、七二四、八六八円となる。

(四)  よつて、原告は被告両名に対し金三六、七二四、八六八円の損害賠償請求権を有するところ、本件訴訟においてはそのうち金三六、七〇四、六九八円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四三年四月二九日より支払い済みに至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。

二  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)のうち、原告主張の日時場所において、原告主張の態様の事故が発生したことは認めるが、原告が一時停止した理由及びその余の事実はすべて不知である。

(二)  請求原因(二)1のうち被告金時がわき見運転をしたという部分は否認し、その余の事実はすべて認める。

被告金時もまた原告車の前の歩行者を認め、原告車に従つて制動をかけて停車しようとしたのであるが、当時雨のため路面が濡れており、そのためスリツプして追突したものである。

同2はすべて認める。

(三)  請求原因(三)はすべて争う。

1 前記のとおり被告車は制動をかけていたのであるから、衝突時の速度も低速であり、衝撃もそれ程強くはなかつたものである。

そもそも自動車事故において衝突時に加わる衝撃は、ハンドルによつて身体の安定を保つている故に、運転者に対するものが最も軽いのが通常であるところ、本件事故当時乗客として原告車の後部座席に乗車していた訴外高塚初雄も、本件事故により鞭打障害兼腰部挫傷の傷害を受けたが、治療期間七二日間実治療日数五〇日(治療費合計金三八、八三〇円)を以て全治しており、同訴外人との間では治療費の外に金二九五、一二八円を支払つて円満に示談解決しているのであつてこのことが本件交通事故の程度を如実にものがたつていると云うべきである。

2 また逸失利益の計算に際し、その賃金が毎年前年度比一五%の上昇を見込んでいるが、その蓋然性はないし後遺障害の点についても、原告に仮りに後遺障害があるとして、その等級は一二級(労働能力喪失率一四%)障害の継続年数はせいぜい三年であり、九級(労働能力喪失率三五%)としても継続年数を五年として計算すべきである。

3 慰藉料額について、原告は金五〇〇万円を主張しているが、これは死亡の場合にしても高額に過ぎ、まして原告の受傷の程度が死亡の場合と同一視すべき程度とは云えない本件においては不合理であること明らかである。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四三年四月二八日午後一時五分頃、横浜市中区日の出町二丁目一四五番地先横断歩道の手前で一時停止した原告車に被告金時運転の被告車が追突したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により頸部捻挫の外傷を受けたことが認められる。

二  被告車を運転していた被告金時に、先行車である原告車との間に安全な車間距離を保たなかつたという過失があつたという点の基礎事実は当事者間に争いがない。(被告両名は被告金時のわき見運転、すなわち前方注視義務を怠つた過失があつたことを否認し、被告金時も制動をかけたと主張するが、このことは被告金時の前記過失の存在に何ら消長を来すものではなく、単に本件追突による衝撃が軽度のものであつたことを主張するためのものにすぎないことが明らかである。)従つて、被告金時が直接の不法行為者として民法第七〇九条にもとづき、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任があるといわねばならない。

また、被告会社が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法第三条本文、民法第七一〇条にもとづき本件人身事故に因り原告の蒙つた財産的、非財産的損害を賠償する責任がある。

三  〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により事故当日から同年八月一三日迄横浜市南区日枝町一丁目二一番地大仁病院に通院加療し、同月一三日から同四四年一〇月三一日迄東京都大田区大森南四丁目一三番二一号東京労災病院に通院加療をしたこと(同年三月以降はブロツク治療をやめ投薬のみになつたためほぼ二週間に一回の割合で通院している)、その間頭痛、頸部痛、両上肢脱力感、霧視、腰痛、不安感等が持続したこと、同年一〇月三一日の時点でもなお両上肢脱力感、頸部痛、頭痛、眼精疲労等神経症状は頑固で著明に残存しており、感情的不安定が顕著であつたが、症状固定治癒と認定されたこと、原告の後遺障害は神経症状、眼筋調節障害を含む全体的な精神神経機能障害を一括して自賠法施行令別表第九級第一四号に該当すると認定されたこと、右後遺障害は多少の改善は望めるとしても生涯残存するものと推定されていることが認められる。

また、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時訴外大栄自動車交通株式会社にタクシー運転手として勤務していたこと、昭和四二年四月から同四三年三月迄の一年間の給与総額は金八七八、四二五円(賃金合計金七六五、六三一円、賞与(年二回)合計金一一八、七九四円)であること、原告は本件事故により事故当日以後休業し、その間昭和四四年二月迄は被告会社より毎月賃金全額相当の支払いを受けたが、同年三月から一〇月迄は労災保険による休業補償として、毎月賃金の六〇%相当の支払いを受けたにすぎないこと、同年一〇月二七日前記訴外会社より退職し、以来失業を続けていることが認められる。

1  通院交通費

前記認定のとおり、原告は昭和四三年三月から同年一〇月迄の間、ほぼ二週間に一回の割合で東京労災病院に通院したことが認められるから、原告主張のこの間合計二〇回通院したとの主張は相当であり、また一回の通院交通費(往復)二六〇円の主張も相当であるから、この間の通院交通費として原告が支出した合計五、二〇〇円は本件事故による原告の損害と認めることができる。

2  逸失利益

原告は逸失利益算出に際し、毎年賃金が前年度に比し一五%上昇することを前提としているが、これを認めるに足りる証拠はない。成程わが国における賃金上昇いわゆるベースアツプが近年著しいことは顕著であるが、これは確実な昇給・昇格規定等にもとづく賃金上昇とは異なり、種々の不安定な要素を含むものであつて全く流動的なものであるから長期に亘つて確実なものとすることはできないのである。

従つて、原告の逸失利益算定にあたつても確実に見込まれる収入、すなわち前記認定の昭和四二年四月から同四三年三月迄の給与総収入八七八、四二五円を基礎とする外はない。

また、労働能力喪失率についても原告は五〇%を主張するが、これもまた認めるに足りる証拠はなく、前記認定の事実によれば原告の後遺障害は自賠法施行令別表第九級に該当するのであるから、労働能力喪失率は三五%とするのが相当である。

しかも、〔証拠略〕によれば、原告の後遺障害には心因性の要素が相当大であること、他覚的な所見により認定される等級は一二級一号及び一二級一二号であることが認められるから、九級の継続年数は八年とみて、その後は一一級、労働能力喪失率を二〇%として逸失利益を計算するのが相当である。

ところで、原告は症状固定治癒当時四五才(大正一四年七月四日生)であつたから、その後六三才迄なお一八年間就労が可能であると考えられる。

そこで、(ⅰ)休業損害は賃金について 765,631(円)×1/12×40/100×8(ケ月)=204,168円賞与について 118,794(円)×1/2×3(回)=178,191円となり、合計金三八二、三五九円となる。

(ⅱ) 労働能力喪失率に応じた逸失利益は

878,425(円)×35/100×65,886=2,025,656円

878,425(円)×20/100×(12,6032-6.5886)=1,056,675円

合計金三、〇八二、三三一円となる。

3  慰藉料

原告の通院治療期間(約一八ケ月)中の肉体的精神的苦痛に対する慰藉料を一ケ月一万円とし合計金一八万円、後遺障害に対するものとして金七八万円、合計金九六万円が相当である。よつて本件事故による原告の損害は右1乃至3の合計金四、四二九、八九〇円となる。

四  損益相殺

原告が本件事故による後遺障害に対し、労災保険による障害補償一時金として金七七七、〇〇〇円を受領したことは原告が自陳するところであるから、これを右金額から控除すると金三、六五二、八九〇円となる。

五  結論

よつて、原告の本件請求は被告両名に対し、金三、六五二、八九〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四三年四月二九日から完済迄民法所定の年五分の割合に遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容し、「後遺症が悪化した時はその損害も支払え」との請求は将来の条件にかかるものであり、請求が特定していないから、不適法として却下し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但し書前段を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項、第四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元 石藤太郎 西理)

別表

〈省略〉

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